指定された診察室に入ると、スキンヘッドに銀縁メガネの溝口医師は「お待たせー」と微笑んでいた。
丸椅子に座ると同時に窓口に出しておいた皮膚科での血液検査の結果の用紙が返される。
「クリニックで受けた血液検査の結果だけど……これはちょっとひどいね」
溝口は白黒の検査結果のコピーを見つめてつぶやいた。
「まずは内診して、それからお話しよう」
顔を上げた溝口の表情は、今までに見たことのない厳しい表情だった。
内診室5番で撮影した画像は桃子の目にはただの真っ黒な画像だったが、溝口は赤いボールペンを走らせて真っ黒な中に2つの大きな筋腫の存在を浮かび上がらせた。
子宮の中に腫瘍が2つできていることは以前から知っていたが、2か月前の定期検診から今日までの間に溝口も驚くスピードで倍の大きさに成長したらしい。
「あのねぇ、君、がんばり過ぎ」
桃子は言葉の意味がわからず、口を「え」の形にしたまま、溝口の横顔を見つめた。
「家族のこととか、仕事のことが大事なのもわかるけどさ」
あまり頑張っている自覚はない。むしろ人より頑張りが足りない気がする。
桃子は小さく息を吐いて視線を落とした。
溝口に自分の身の上話をしたことは一度もない。
患者の名前を検索して、検索結果に出てきたブログを読むほど溝口は暇じゃないはずだ。
じゃあ、なぜ溝口は急にそんなことを言うのだろう。
「手術……ですか」
溝口が甲高い音を立てながら椅子を回転させ、こちらを向いた。
「もっと自分のために生きなさい」
「えっ?」
「それが約束できるなら、協力する」